滋賀県内には約1300カ所の城跡が存在することが、分布調査で確認されています。中でも湖北地方は甲賀地方と並んで城跡が数多く分布する地域です。中世の湖北地方は京極氏の支配する地域ですが、京極氏が強大な権力で支配していたわけではなく、京極氏のもとで被官である在地領主たちが自立して地域支配を行っていたため、在地領主たちの居館が多く存在していたと考えられます。そうした状況は、戦国期に京極氏の被官の中から浅井氏が台頭した後も変わらず、今もそれらの居館跡が数多く良好な形で残されています。
下坂氏館跡もそうした居館跡の一つです。下坂氏は、下坂庄(現在の長浜市下坂中町、下坂浜町、大戌亥町、高橋町周辺)を本拠とする在地領主です。下坂氏が文献の上に現れるのは1336(建武3)年のことで、足利尊氏の弟直義の感状を得ています。その後は京極氏歴代当主から下坂氏宛の文書が多く残されており、京極氏の家臣として活動していたことがうかがえます。
また、戦国期に浅井氏が台頭してからは、浅井氏に従っていたようで、1572(元亀3)年には浅井長政の領地宛行状をもらっています。浅井氏が滅んだあとは武士身分を捨てて帰農しますが、一般の百姓とは異なり、武士と百姓との中間に位置する郷士身分に属していました。郷士身分は、一般の百姓とは別の台帳に記載され、他の地域の同じ郷士身分のものと姻戚関係を結ぶなど、独自のネットワークを有していました。
下坂氏館跡は長浜市下坂中町に存在します。残された古文書や発掘調査の成果から、中世から存在したことが確認されています。土塁・堀等の遺構が良好に残り、江戸期の下坂氏の建物群も残ることから、中世から近世の地域支配の在り方を考える上で重要であるとして、平成18年に史跡に指定されました。
館跡は、堀と土塁で囲われた主郭と堀を隔てた東側にある副郭で構成されています。また主郭の中には江戸時代に建立された主屋や門が、副郭の南側には下坂氏の菩提寺である不断光院の建物群があります。堀や土塁、修理された建物など、中世から近世にいたる、在地領主の暮らしぶりを実感できる場所となっています。
下坂氏館跡の最寄り駅はJR北陸線田村駅です。駅を降り、東に向かうと左手に神社が見えてきます。その田村神社の角を左折し、県道556号を北上します。800メートルほど進むと高橋のバス停があり、その角を右折します。100メートルほど進んで十字路を左折し、北上して信号を渡ったところが下坂氏館跡です。土日祝日のみ見学が可能です(有料)。
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