水利や農地開発、利便性を優先か
京都府亀岡市千代川町の千代川遺跡で、初めて古墳時代後期の集落跡を確認したと府埋蔵文化財調査研究センターが発表した。浸水リスクがある大堰川に近く、水利や農地といった地域開発に携わった集団が利便性を優先した可能性があるという。
今回の調査地は、大堰川沿いに走る国道9号とJR山陰線の交差地点から西約100メートル。およそ南北70メートル、東西12メートルの範囲に10基の竪穴建物跡を発見した。出土した須恵器から、6世紀半ば頃の集落と推定する。
建物跡の一部で敷地が重なり合っていた。併存したのではなく建て替えながら、30〜40年間は集落が続いていたとみられる。最大の竪穴は6・3メートル四方で、かまど跡に多くの土器片が残っていた。
千々川の扇状地に広がる同遺跡は、ほかの調査地で縄文時代から中世までの遺構や遺物が見つかっている。今回も一帯で弥生時代中期の土坑(穴)や飛鳥時代の掘っ立て柱建物を発見した。弥生時代後期の竪穴建物はいびつな多角形で、弥生時代の円形から古墳時代の方形に主流が変わる過渡期の竪穴形状と考えられるという。
広大な同遺跡は今回で第37次調査になる。これまでも古墳時代の建物跡は出ていたが、調査範囲が限られて集落か不明だった。発掘担当者は「40年以上続く千代川遺跡の調査で、ようやく古墳時代の集落跡が確認できた」とし、同中期初頭ごろから有力者らが埋葬されてきた北西約800メートルの拝田古墳群との関係に注目する。
調査は国営農地整備事業に伴い、昨年12月から実施している。現地説明会は3月2日午後2時〜3時半。詳細はセンターホームページで。現地事務所090(6978)3569。
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