| ■1451 /inTopicNo.1) |
1月18日(日)は 東山 三十三間堂へ 境内無料開放 |
□投稿者/ 管理人 幼稚園生(13回)-(2026/01/16(Fri) 17:04:23)
頭痛封じと無病息災を祈る特別な法要
三十三間堂では毎年1月中旬、開山である後白河法皇ゆかりの特別な法要「楊枝浄水供結願大法要」(やなぎのお加持)を厳修します。後白河院の頭痛平癒にあやかり、1週間加持祈祷した法水を柳の枝で参詣者にそそぎ、1年の無病息災を祈念します。また、当日お札授与の特別祈願法要が終日営まれ多くの参詣者が祈願を受け、福柳を授かります。この日は境内、本堂内がともに無料で開放される、特別な1日です。
当日は特別限定朱印も
当日、授与所では楊枝浄水供と大的全国大会をデザインした特別朱印が授与されます(1枚 千円)。細かな切り絵でお加持の様子や弓道の射手を表現した当日のみの限定御朱印です。
新春の恒例行事「通し矢」
楊枝のお加持と同日開催の大的全国大会(通し矢)は、京都の冬の風物詩ともいえる新春の恒例行事。20歳を迎えた若者たちが振袖袴姿で弓道の腕前を競う様子を一目見ようと多くの観覧者が集います。今年で76回目を迎える大的全国大会は江戸時代に盛んに行われた「通し矢」にちなむ行事であり、現在では境内西庭に特設の弓道場を作り、約2千名の若者により終日、競技が行われます。
江戸時代の最高記録は
「通し矢」は、お堂西縁の南端から120メートルの距離を弓で射通し、その矢数を競ったもので、矢数を決めて的中率を競う「百射(ひゃくい)」「千射(せんい)」などといった競技がありました。江戸時代、特に町衆に人気を博したのは「大矢数(おおやかず)」。夕刻に始めて翌日の同刻まで、一昼夜に何本通るかを競うもので、慶長11(1606)年の浅岡平兵衛の試技以来、武芸者の栄誉をかけたものとなり、尾張・紀州の二大雄藩による功名争いは人気に拍車をかけ、京都の名物行事となりました。
「矢数帳」には、通し矢法を伝承した「日置六流(へきろくりゅう)」の江戸期の試技者氏名、月日、矢数などが編年で書き留められています。その最高記録は貞享3(1686)年4月、紀州・和佐大八郎(試技年齢は18歳という)の総矢13,053本、通し矢8,133本で、強靭(きょうじん)な身心にしてこそ可能な凄絶(せいぜつ)な競技だったことがうかがえます。
|